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古い話でごめんなさい。もう5年ほど前かなあ。嫁さんと2人でフランスに行った時、パリからのバスツアーでモン・サン=ミシェルを見に行こうということになりました。まあ、パリ−モン・サン=ミシェル間は、距離としては東京−名古屋くらいあるので、1日がかりです。 私達は海外旅行するときには、自分達で予定を立て、ホテルをネット予約するんですけど、どこかで1日、現地のツアー会社に申し込んで、英語のバスツアーに加わるようにしてるんですよね。なぜかって、バスに乗ってる間は、ゆっくり寝て時差ボケ解消できるし、英語といっても、ネイティブな人たちばかりではないので、わかりやすく説明してくれます。日本人以外のいろんな人と出会えるので、一度、お試しあれ。 話を戻しますが、モン・サン=ミシェルのツアーのときも、いつものように英語ツアーを申し込み、集合場所になっていたルーブル近くのツアー会社に朝早く出向いたのでした。 モン・サン=ミシェルツアーのバスが2台止まっていたので、アメリカ人の集団と思しき、おじちゃん、おばちゃん達に従って1台目のバスの方に行ったら、日本人は後ろのバスと言われるじゃないですか。「私たちは英語ツアーの方を申し込みました」と言って、このままバスに乗り込もうかとも思ったのですが、兎に角、怪訝ながらも後ろのバスに乗ると、韓国の方々や、他の日本人の方々。 さて、ここで問題。 「なんで、アメリカ人の方々は前のバスで、日本人は後ろのバスだったんでしょうか?」 これ、即答できたら、相当、歴史と地理に関する造詣が深い方かも。 ヒント:モン・サン=ミシェルの隣には、もう1つ聖地があるのです。 わかりましたか?恥ずかしながら、私はツアーガイドさんに聞いて初めて、理解できたんですけど。 モン・サン=ミシェルの隣には、第2次大戦の激戦地、上陸作戦で有名なノルマンディーの海岸(有名なオマハビーチとか)があるのです。アメリカ兵だけで1万人近くが命を落としたとのこと。そう、前のバスはノルマンディーで慰霊をした後、モン・サン=ミシェルに行くバスなのです。私達の乗ったモン・サン=ミシェルだけに行くバスには、アメリカ人の方はいらっしゃらなかったようなので、彼らにとってみると、聖地モン・サン=ミシェルはつねに聖地ノルマンディーの海岸と対になる場所なのだなあと、そのとき初めて気づきました。 一口に世界遺産といっても、お国によって思いはいろいろ。 今思っても、もし最初のバスに乗り込んで、「戦争相手の国の人間が、どうしてこのバスにいるんだ」なんて、まわりから冷たい目が注がれる状況を想像すると、結構、冷や汗ものだった ![]() しかし、8世紀の古びた修道院のことはいろいろ調べているのに、本来知っておくべき近現代史には、なんでこうも疎いんだろうなあ(いっそのこと、歴史の授業を今から古い時代に遡るように教えてみたらどうだろう?教育のせいにしちゃいかんか)。 海外に行くと、いろんなことがあります・・・・まあ、その話はまた追々。 |
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マミー 2008/02/28 11:03 |
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